昭和49年02月05日 朝の御理解
御理解 第63節
「一粒万倍といおうが。一人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心をせよ。」
人の手本になるよい手本になる。そういう信心というのは、どう言う事かと言うと、私は一口に言うと、矢張りおかげを受けると言う事だと思うですね。おかげが手本です。何と言うても。素晴らしい信心をしておると言うても、おかげを現していなかったら、それは行く行くは必ずおかげになるでしょう。よい信心をしておると言う事は。けれどもそれがおかげにならんなら、矢張りよい信心というのも、考えなきゃならない。検討しなければいけない。
勿論その方の行動とでも申しますか、言う事する事。日常生活の中に本当に金光様の信心というのは、有り難いもんだなぁ尊いもんだなぁと言う様なものが、矢張り良い手本になるわけですけれども、それだけではいけん。そういう信心をさせて頂いておりましたら、家庭もおかげで円満でございます。おかげでお金に不自由する様な事はありません。おかげで皆無事息災。健康のおかげを頂いております。しかも日勝り、月勝り、年勝り、代勝りにおかげを頂いております。
そういう信心でなからなければ、私は一粒万倍のおかげと言う様な事は言えないと思う。だから良い手本になると言う事は、先ずはおかげを受ける事。昨日は神愛会でございました毎月の。しかし先ほど私が控えで、幹三郎と話した事でしたけれど、昨日は丁度久留米の親愛会。字が違いますけれどもそれが何時も四日なんです。久留米の方の親愛会も、矢張り久留米の出社だけで、信心の共励をするわけです。
で私の方でもこれは昔から四日は神愛会ですから、若先生が私の方には大事な会があるから、親愛会には出席しませんと言うて、会費だけ納めて出席した事がなかったんです。所が昨日は記念祭の打ち合わせがあるから、と言うのでございましたからお話を聞くだけでも聞いとかなきゃいけないから、若先生は行かれんからほんなら幹三郎がおかげを頂くようにと言うて、幹三郎が昨日おかげを頂きました。色んなお話を聞かせて頂いて、その場で話した事ですけれどね。
昨日のここの神愛会も本当に有り難い神愛会だった。どんなに考えてもとにかく人数は少ないけれども、まぁそうですか十人か、そこらの先生方ばっかりですけれども、とにかくその内容が素晴らしい。例えて言うとたった一日の、しかもそうですね時間で言うたら二時間か三時間の共励を受ける、又信心を受ける事の為にです。末永先生あたりは海を渡って壱岐から、毎月やってくるんです。熊本の日奈久の富永先生あたりでもそうです。もう御本部参拝と同じと言う位に、時間かかる所です日奈久教会からは。
熊本の山田先生。いうならここの関係教会の先生方がです。そういう遠方から又は鹿児島の尾口教会の安武先生。熊本鹿児島壱岐あたりからまでも、合楽の神愛会には皆がそれを楽しんでその日にやってくる。そしてたった二時間か三時間の共励ではあるけれども、私の話を中心にして皆さんが共励をなさって、一月間の信心の原動力にもなるような、おかげの元にもなるようなものを仕込んで、又それぞれ帰って行かれる。だから幹三郎うちの神愛会というのは、人数は少ないけれども大した神愛会ばいて。
内々の先生が出席せんなんてんそりゃいかん。これから一つどうでも内々の先生だけでも、全部集まって御理解いやお話を、皆さんが共励なさるのを聞かせて頂かにゃいけんなと言うてまぁ話した事でした。そういう会の中で先生方の話しを聞いてです。私は今日の御理解から、ヒントを得たんですけども。ははぁ矢張りねおかげの手本という、良い手本に成る様なおかげを、先生方一人ひとりが受けておると言う事実であります。こりゃちょっとした驚きですけれどもですね。
昨日鹿児島の安武先生が発表しておりましたが、私はおかげでたった一人の、それこそ前からあそこは甘木の出社がありました。女の先生がそれこそ実にみすぼらしい教会。先生は市から補助を受けて生活をしておられるというほどしの教会であった。そして亡くなられて後に行く人がない。そう言う所へ甘木の親先生からお前が行けと言われて、まだ二十何歳の時だったかに行ったとか。
二十七歳という若さで独身ですから、一人で行ったんです。それで甘木の親先生が行く時に、お金を二十万円わたされたそうです。そして本当にお話しを聞くと涙がこぼれるように一生懸命の修行をしておられる。そして合楽にこうして次々かようてくることが、本当におかげの原動力ともになって弾みが付くと。昨日もあることで行き詰まっておった事を、お話の中に、本当におかげをいただきましたと言うて、心が明るく開けたというていうておりましたが。
その先生が言っておることは、親教会から行く時に二十万円貰ったのは、早くお返しさせて頂いたと言う。もろうとったつだから勿論かえさにゃ出来んから、お供えで返したとこう言う。毎月御本部参拝もさせて頂いておる。それこそ前の時には市から補助を受けて、教会が立っておったと言う様な教会ですよ。それまぁだ学院出たばっかりの若い先生がです。いうなら合楽に縁を頂いておかげを頂いておる。それで結論としておかげを頂いて、お金だけには不自由致しませんと言う事をはっきり昨日言ってるです。
これは先般末永先生から聞かせて頂いた事ですけれども。壱岐に四軒か五軒か教会があるでしょう。で恐らくお初穂のお下がりは私の方が一番じゃろうと言う位におかげ頂いておる。富永先生なんかはもうほんなこて、只々驚くばかりのおかげを頂いておるです。月々先生なんかは、二回お参りをしてきます。それは本当に出たばっかりの教会で、それこそ食うか食わずかというほどしの修行をさせて頂かなければならん。
それがもう普通でいうなら通り相場です。そういう先生方が例えばお金にだけは不自由してない。富永先生の所辺りでは今度は新しい土地の購入とか、お広前建立の話しまで出る位におかげを頂いておる。まだ正式なお広前の許可も受けていない、山田先生達がやっぱりお金だけには不自由していない。そういう事実をです、私は受けてこそよい手本になる信心だと思うです。私の方はまだ教会が細々でこんなだけれども、神様が限りなく財のおかげだけはおかげ下さいます。
これは他所の関係の教会で、見る事の出来ないお話だと思うです。聞く事の出来ない話だと思うです。そこでです合楽の教会の場合は、他の事はおかげ頂かれんけれども、金銭のお都合お繰り合わせの事だけは、只々条件に及ばんごとおかげを頂いておる。久留米の三橋先生なんかがそうです。どこからどうと金の入ってくる道もなかろうごたるけれども、金の入ってくる道がちゃんとついて、日々の参拝日々のあれだけの御用が出来るほどしのおかげを受けておると言う事。
ははぁなるほど、合楽教会の場合、やっぱそこそこの特長というものがある。合楽教会では、金銭の不自由どもするような事が、絶対あってはならないです。それは沢山貯まらんならんという意味じゃないですよ。勿論貯まりもせんならん。けれども不思議にその日その日の、無尽蔵の限りない金銭のお繰り合わせが頂けて行くという。これは合楽の独壇場ではなかろうかと思うくらいです。
二十数年前に九州のお徳を受けられた先生方のお知らせを頂いた事がある。小倉の初代の桂松平先生。久留米の初代の石橋松次郎先生。甘木の初代の安武松太郎先生その先生方の信心の性格というか皆腹が大きい桂先生の場合なんかは桂松平が言う事に間違いがあるか。バンとこう自分の帯でも叩かれるほどしの太っ腹な先生であったいうならば勇侠ですか。いうなら清水の次郎長のごたる感じの太っ腹の方であったと言う事です。
久留米の初代は、ちょうど昔「玉錦」という横綱がおりました。それこそ本当に玉のような綺麗な相撲取りでしたね、お腹のこんな大きな。「玉錦」のような力もだけれども美しい。見事なそういう意味での太っ腹の先生であった。甘木は丁度女の方が妊娠をする時に、大きくお腹がなるでしょう。あぁいう意味の太っ腹のもう生みなす事においては日本一と言われるほどしの先生であった。沢山のお弟子がどんどん出来られたわけです。だからちった見苦しい。
そりゃ次から次と生みなされてくるお弟子さん達からですから、何処にか押しこまにゃ出来ん。そのために色んな摩擦も、やっぱあるようにはぁ甘木は強引だとか。色々みんな言われるような時代もおありになった。けどそういう意味で太っ腹だと。いや妊娠の太さとか相撲とりの腹の太さとか。いうなら侠客の腹の太さと言う様な、それぞれの特長を持っておられた。段々大坪がおかげを頂いて行くとです。
いうなら合楽が私が中心ですが、おかげを頂いて行くと私の場合は丁度、大黒様のお腹のような、お腹の大きさになっていかなければならんという意味の事を頂いた。お腹の大きさがそれぞれ違うわけです。大黒様と言やどう言う事かと言うと、それこそ打ち出の小槌です。恐らくはお金で不自由しない教会の、本当に九州では第一位じゃなかろうかと、自分でも思うくらいです。必要な時にはどんなに必要な時には、必ず神様はそれこそ打ち出の小槌で、打ち出しておられるかのようなおかげを頂いておるです。
昨日私先生方の話を聞きながらです。今のその事の話は、安武先生だけでしたけれども、どの先生方の場合でも、矢張りお金だけには不自由しとりませんと言う様な、まぁだ今々教会をようやく教会になった、ようやく布教所を開いたというばっかりの先生方が、他の事は頂ききらんけども、是だけは受けておるというほどしのおかげを受けておるという事はです。是を信者にお取次ぎさせて頂く時に、一つの手本になるようなおかげであるとこう思います。
だから手本に成る様なおかげというのは、よい手本になるような信心をせよと言う事はです。おかげを受けると言う事だと思うです。お金に不自由しておるこりゃもう愈々おかしいです。合楽の信心の根本の所に触れていない。不自由しておってもいいですよ。けれどもその都度都度にです、そりゃお互いの修行期間の時なんか、してますけれども。それこそい良いよん時には、打ち出の小槌で打ち振って頂いておるかのような、お繰り合わせを頂いておると言う事なんです。
ですから心配をせんで良い事を心配しておると言う事になるですお互い。お縋りさえしときゃおかげが頂ける。だから合楽には億万長者が沢山出来なきゃならない信心が出来て行きゃ。昨日の先生方のお話の中からです。そういうものを感じておる所へ、今日は良い手本になるような信心をせよという御理解。一粒万倍と言おうがと。一人がおかげを受けたために、なるほど合楽にはおかげを頂きゃ、金だけは不自由せん。
それこそ金のないために一家が乱れ、金のないために一家が心中すると言った様なことすらが、そういう悲惨なことすらがあっておる難儀の中にです。合楽にご縁を頂いておるおかげで、金だけには不自由せんと言う様な人が、もし良い手本の信心が出来たらです。金の要らんという者はおりませんからね。だから皆さんがどうでもこうでも矢張り、良いおかげの手本というものを、示せれるだけの斯くおかげを頂いておるというおかげを、誰が見ても、成程おかげと思うようなおかげを。
打ち立てていかなければならない。その為の信心を求めなければならない。皆さんも、ご承知の方もございましょうけれども、昨日鳥栖の上野さんのお父さんがお国替えになりました。実に神ながらなそれこそ、神々しいまでのお国替えであったと言う事です。二年半前でしたか胃癌で手術をされて、それから二年半先月でしたか、丁度丸二年半のあれ以来おかげを頂いて、大変苦しいという病気だそうですけれども。本当にお見舞いに行く人達に一人ひとり、自分でも恐らく感じておられる。
お別れの握手をされてそして歌を歌うて別れられた。昨日丁度私がここ下がるちょっと前でした。ただ今父がお国替え頂きましたと言うて、勝美さんから電話が掛ってきた。そしたら驚きはするのに、ただ故上野泉と御祈念するのに、故という字をどうしても頂かんのですよ。それでただ上野泉と言うてお届をさせて頂いた。そしたら一時間後にまた生き返ったちゅうて電話が掛ってきた。
ははぁさっき故という字を頂かなかったはずだと思いました。そしてそれがお母さんが最後の別れに、お見えられたからパチット目を開かれてですね、最後のお別れをしてそれからまた一二時間、昏睡状態に入られて亡くなられた。実に神ながらなそれこそ、神々しいまでのお国替えであったと言う事を聞かせて頂きましたが。今日三時からあちらで、私が祭主のもとに告別式を致します。
昨日若先生と、末永先生が洗礼の式を終えて、今日十時に出棺の儀があり、三時から告別式でございます。私は鳥栖の上野さんなんかは、今日のこの御理解から言うと、まぁちょっとした良い手本の信心だと思うですね。おかげを現しておる。十四五年も前だったでしょうか、とにかく住むに家がない、家を追い立てられて。それが当時の椛目に御神縁を頂かれたのが初めてでした。
それは親子兄弟、まだ子供達が小さかったですけれども、自転車で毎朝毎朝参ってきました。鳥栖から三台の自転車を連ねてから参ってきました。交代でそして皆さんもご承知の通りに、本当にあっちは大した信心も出来んのに、どうしてあげんおかげを受けなさるじゃおるかと言う様な、見事なおかげをいつの場合でも頂いて来たことです。例えば長女のスマコさんが就職それから結婚。あの前後の事なんか、本当に神様のおかげと言わなにゃおられない不思議なおかげの中に、東京に縁についたんです。
二人の妹娘が三人ですから一人ひとりの結婚の時の事から、また長男の勝之さんが、高校入試の時から、それから卒業して就職の事、銀行に就職致しました。大体銀行就職は出来ない。例えば家を持たない人は銀行雇わんのです。それにそれは不思議な不思議な働きの中におかげを頂いた。嫁御をもらう時もおかげを頂いた。そして二番目の勝美さんが、こことの縁組が色々な意味で出来ていく、その前後のことのおかげというものは実に素晴らしいおかげであった。
それから現在の家を入手する時なんかでも、それは本当にあの時分に合楽の信心がなかったら、どうなっとったから分からんと言った様な所も、何回も通ったけれども、それこそご神意の間に間にです。ある場合には怒られながらでも、親先生任せになっておかげを頂いて、今日の立派なお家を頂いた。あれも片付きこれも思う事はないというほどしのおかげを頂いた。子供達にはそれぞれ最高の大学を出して、おかげを頂いておる。息子が四人ですか。この寒修行には息子達が三人連れで朝参りをしてくる。
それにお母さんも含めて参ってくる。丁度寒修行を終わらせて頂いて、その翌日それこそ神ながらなお国替えであった。この上野一家の事をお話をするなら、やっぱ一つの本が出来る位におかげを頂いておるです。それもおかげと言わなけりゃおられないほどしのおかげを頂いておるです。それで信心のない娘なら娘婿達も、やはり御神縁を頂いておる。それこそ一粒万倍の元というものがです出来ていきよる。
私は本当に昨夜から、今日の告別式の事を思わせて頂いて、神様にお願しておる事は本当にここに御縁を頂いて、この方おかげを受けてきたと言う事をです。本当にお礼を申し上げた上にもお礼を申し上げての、今日の告別式であると言う事。安心の御霊として安らぎの御霊として、御霊の世界に入られた訳ですけれどもです。それこそおかげを受けた御霊です。だからその事を皆さんにお話をしたらです。
本当にいうならば手本になるような、おかげを現しておるです。どの子供一人でも見てご覧ならさい。ほんに親に心配をかけるという子が一人もおらんです。心配をかけるどころか、親孝行しようごつしてたまらんという子供ばっかりなんです皆。毎朝朝の御祈念に打ち揃うて三人、また東京から帰ってきとると四人です。朝参りをして来ました。本当に、子供達が信心せろと言うても、信心しないと言う様な人達は、それこそ羨ましい羨望の的であった。現していくおかげもさること乍です。
そうした家族を上げて一家勢を揃えての信心。これから愈々益々一粒万倍のおかげにもなって行く事でありましょうがです。私は今日は良い手本に成る様な信心をせよと言う事は、良い手本になるようなおかげを頂くと言う事だという風に聞いて頂いた訳ですね。勿論、それの奥に信心がある。ほらもう金光様の信心な素晴らしいですよ、素晴らしいですよと言うて、人にお話をいたしましてもです。それこそおかげを頂いておらなければです、本当に伝わっていかないです。
私を見て下さい私の一家を見て下さい、というほどしのおかげを現してこそ、初めて良い手本になると言う事が言えるのじゃないかと思います。昨日先生方が集まって、安武先生の言葉ではないですけれども、そういう難儀な教会であったにも関わらず、段々おかげを頂いて、合楽の出社でもなんでもないですけれども、関係教会として日々私はお願をさせてもらいよる。その関係教会の先生方がおかげを受けておる。
異口同音に言う事はですお金には不自由しとらんというほどしのおかげを示しておるということなんです。それはさもありなんです。合楽は大黒様の徳的な、おかげを頂けれるお広前だと言う事です。いや私はお金は要らんという人は、一人もいないだろう思うです。そういう意味合いで、愈々人の手本に成る様な信心を進めさせて貰い、人の手本になる様なおかげを示しての信心、おかげでなからなきゃならんと思うですね。
どうぞ。